大阪の教育の脆弱さ

2012/09/01 Sat (No.819)

 教育の世界に新自由主義的な能力主義が持ち込まれると、「強い」生徒と教師だけが生き残り、「自己責任」の名の下に、「弱い」生徒と教師は淘汰されます。

 今日は新聞記事をそのまま引用します。(「記者有論」 朝日新聞9月1日 朝刊)。「静岡県磐田市の小学校に採用された半年後、自ら命を絶った木村百合子さん(当時24)。この自殺について東京高裁は、一審・静岡地裁に続いて公務災害だと認定した。公務外の要因でうつ病を発症、自殺したと主張していた地方公務員災害補償基金(本部・東京)は上告を断念、8月3日に判決が確定した。▼新任教師はなぜ、自殺を選んだのか。百合子さんの笑った写真が飾られた自宅の客間で、母親の和子さんは『百合子が精神的に弱いから死んだんだと、ずっと言われているようでした』と下を向いた。『そうじゃない』という思いが、娘の死からの8年を支えていた。▼百合子さんが残した研修記録には、赴任初日の4月1日に『分からないことは周りの先生方に聞いて学びたい。これから始まる1年間がとても楽しみでわくわくしている』とあった。▼しかし、担任した4年生の学級で、発達障害が疑われる児童の対応などに悩んだ。5月にはうつ病を発症。その頃は『抜け落ちたように気力がなくなった』と書かれていた。上司の前で床に突っ伏して泣き、学級経営に悩んでいると伝え、『授業中の教室に来て自分を見ていてほしい』と懇願。そして2004年9月末、命を絶った。▼私は、児童への対応に迷う姿を、教員個人の指導力不足ととらえる周囲の目が、彼女を追い詰めた気がしてならない。6月にあった学校の管理職の会議で、百合子さんは『思い込み激しい、つまらぬプライド強し』と評価された。助けを求めた姿がなぜ、そう受け止められるのか。▼問題の深刻さを認め、学校全体で共有し、支援できなかったことが、百合子さんを孤立させ、絶望させた思う。」「▼一、二審とも裁判所は、公務災害の認定には『同じ労働条件の中で、もっとも弱い立場の人を基準にするのが適当』と判断した。この考え方に立った支援体制の構築が必要だ。▼どんな人にも弱さと強さはあるし、最初から強い職業人など果たしているのか。」「百合子さんが生きて経験を重ねる時間があったら、若い人たちの弱さを理解できる立派な教師になったと思う。」静岡総局の記者の記事です。(一部省略 ▼改行)

 ニュースでも取り上げられたことのある事件なのでご存知の人も多いと思います。小学校の教師は、われわれ高校の教師と違って、すべての時間を自ら担任するクラスの児童と一緒にすごしています。他の教師が、クラスの状況をうかがい知ることは難しいし、責任感の強い教師は、クラスの問題を自分だけで解決しようとします。オープンに話しあうことができ、管理職も新任教師に気を配り、弱い教師を援助できる体制が整っていれば、静岡でも事態は違った方向に向かっていただろうと思います。

 ひるがえって大阪の教育を考えてみるとき、「教育行政基本条例」と「府立学校条例」とによって、悩める教師が、周囲に相談しにくい状況が、ますます増大していくように思います。学級経営の困難さを、同僚や管理職に相談すれば、人事評価の低下をまねきます。そのことは、自らの待遇の悪化を導きます。プライドの高い教師は、何とか自分で解決しようと努力することでしょう。校長には、マネジメント能力に長けた民間人が選ばれ、困難な教育問題にはあまり知見がない場合もあります。親身に相談に乗ってもらえるか不安です。また「府立学校条例」では、小学校児童の保護者も教師の人事評価権をもっています。保護者は学校の授業をほとんど見ることなく、自分の子どもか、他の保護者からの伝聞で評価する場合が大半となるでしょう。学級崩壊したクラスの担任は、保護者から低い評価を得ることが多いと思われるので、管理職の評価と保護者の評価という二重のネガティブな評価に苦しむことになります。責任感の強い教師ほど自己否定に傾きます。

 「弱い」生徒と教師を淘汰するのではなく、支援していくことのほうが、共生的社会を実現していくためには必要だと強く思います。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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