ピサロと印象派展

2012/08/17 Fri (No.804)

 ピサロというとインカ帝国を征服したスペインのコンキスタドールが真っ先に思い浮かぶのですが、もっと文化的なカミーユ・ピサロの「ピサロと印象派展」に先日行ってきました。ややマイナーな兵庫県立美術館での展示です。ピサロは、モネ、ルノワール、セザンヌ、シスレー、ゴーガンなどとも親交があり、19世紀後半から20世紀初頭まで、少しずつ作風を変えながらも風景画を中心として印象派の絵画を描き続けてきました。

 展示されてある初期の作品では、筆使いが結構荒く目にした印象をカンバスに直截に描きとろうとしているかのようです。自然の風景が主体ですので緑色が基調です。そして自然の風景のなかに何らかの客観的な人間の営みが描かれています。それは、人間に焦点を当てたものではないのですが、絵を見るものに何らかの暗示を与えるかのように見えます。

 ピサロは19世紀の終わりごろ、スーラなどの点描法に影響され、新印象主義の作風を取り入れようとします。筆遣いがこまやかになり、自然を分析しすぎて、自身ずいぶん疲れてしまいます。しかし19世紀の終焉、再び印象派の画風に回帰したピサロは、自然だけでなく人間や都市の風景を、さまざまな光のなかで描き始めます。このころの作品には、パリやルーアンの朝景や夕景などオレンジを基調とした作品も目立ちます。

 ユダヤ人であるピサロは、几帳面な性格だったのだと思います。晩年の風景画は、こまやかなタッチで自然を丹念に写しこんでいるように感じます。わたしは、印象派はそれほど好きではないのですが、18世紀終わりの「印象派展」のすべてに出品したピサロに貫いて流れる印象派への熱い思いを感じる展覧会でした。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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