文楽7月公演

2012/07/28 Sat (No.783)

 橋下効果で今年の文楽の7月公演は盛況のようです。文楽ファンのわたしにとって、どのような理由にせよ、観客が増えるのはいいことです。しかし市長は26日「曽根崎心中」を観劇したあとで、「大阪発祥の古典の芸能文化として守るべきものだということは十分、分かった。ただ、全体を見ると演出やプロデュース不足につきる。観客を増やすための努力が必要(NHK News WEB)」で曽根崎心中も「ラストシーンでグッと来るものがなかった(読売新聞 WEB版)」と述べたそうです。演出やプロデュースのプロでない市長が、古典芸能に対してそこまで言い切れる自信に驚きます。「大衆芸能」を念頭においているのかもしれません。古典芸能を「大衆芸能」の尺度で測るのはいかがなものでしょう。芸術はポピュリズムとともに歩むものではありません。素人からは理解されにくい芸術もあります。

 わたしが学生の頃、年上の友人に観世流のシテ方の能楽師がいて、よく能のチケットをいただきました。しかし「能」はわからない。あんな動きのない舞をよく見ていられるものだと思っていました。けれども何十曲か観ているうちに、だんだんと能の良さがわかってきます。「熊野、松風に米の飯」といいますが、あの「熊野」がわかってきた(と思った)のです。古典芸能を楽しむには、ある程度、我慢と忍耐が必要です。自分の側から芸術に歩み寄らない限り、芸術の方からに自分に歩み寄ってこないものもあります。興行成績だけで評価することはできません。

 能と比べると、文楽ははるかにわかりやすく、一般受けがします。コミカルでドラマチックです。橋下市長には「グッと来るものがなかった」かも知れませんが、グッと来た観客も多いと思います。文楽を自分から観ようとする大阪人であれば、たいていの演目はすぐに楽しめます。わからないのは、わかろうとしないからです。自分には理解できなくても価値のあるものはたくさんあるのだと思います。
 
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進路ルーム

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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