胴乱の幸助

2012/04/23 Mon (No.686)

 桂川連理柵の話をしたついでに、そのパロディーである上方落語の話をしましょう。題は『胴乱の幸助』といいます。明治の初めの話です。胴乱の幸助とよばれる大店の旦那がいました。真面目一方で店を大きくしてきたので、芝居や浄瑠璃などは聞いたこともありません。ただ唯一の趣味が喧嘩の仲裁です。

 あるとき、幸助は浄瑠璃の稽古で桂川連理柵の「帯屋」の嫁いじめの場面を演じているところに出あわします。おとせが、お絹をいじめている場面です。これを聞いた胴乱の幸助は、そのいじめが起こった京都柳馬場押小路の帯屋長右衛門のところまで、いじめの仲裁に三十石舟に乗って出かけていきます。桂川連理柵は江戸時代の話です。明治の初めには「帯屋」も「信濃屋」もありません。  

 しかし、押小路には一軒帯屋がありました。その店に入った胴乱の幸助、いじめの仲裁をしようとしますが、どうも話が食い違います。よくよく帯屋の番頭に聞いてみると、長右衛門もお半もとっくに桂川で心中した由。もっと早く来るべきでした。

 『胴乱の幸助』は、桂米朝が演じているものをyoutubeで見ることができます。興味のある人はぜひご覧になってください。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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