桂川連理柵

2012/04/22 Sun (No.685)

 国立文楽劇場で、「桂川連理柵」を観てきました。京都柳馬場押小路で商いする「帯屋」の主人長右衛門は38歳。5歳まで隣家の「信濃屋」で育てられ、その後「帯屋」の養子となり家督を継ぎます。長右衛門が遠州の大名から大事な名刀を預かっての帰り道、伊勢参りの「信濃屋」の娘お半と石部の宿でたまたま同じ宿屋に泊まりあわせます。夜、「信濃屋」の丁稚長吉に言い寄られたお半は、長右衛門の部屋に助けを求めます。長右衛門は14歳の小娘と思って同衾させますが、つい色香に迷って関係を持ってしまいます。これを盗み見た長吉は、長右衛門の名刀をすり替えてしまいます。長右衛門の妻お絹は、貞節で道理をのみこむ働き者です。夫がお半と関係を持ったことを伝え聞き、それが広まらないように、そして自分と長右衛門との仲がうまく続くようにと願をかけに六角堂にまいっています。

 初夏のある日、「帯屋」の店先では隠居の繁斎の後連れのおとせとその連れ子の儀兵衛とが、さかんに長衛門の悪口を言い合っています。長右衛門はすり替えられた名刀の詮議がつかず死を覚悟して、とほとぼと「帯屋」へ帰ってきます。長右衛門に悪態をつくおとせと儀兵衛。行方不明の150両をめぐって、おとせの指図で儀兵衛が長右衛門を打ち据えようとするところに、隠居の繁斎が割って入り、おとせと儀兵衛はすごすごと引き上げていきます。

 たそがれ時です。行灯に灯がともります。ここからが竹本住大夫の切場です。隠居繁斎が、油と灯心とが持ち合って明かりがともる例を引き、灯心の長右衛門の自重を促し、仏間に入ります。女夫ふたりが残されます。お絹は、「おやま狂ひも芸子遊びも、そりゃ殿たちの器量というもの」のお半のことは「私も女子の端ぢゃもの、大事の男を人の花、腹も立つし、悋気の仕様も満更知らぬでなけれども、可愛い殿御に気を揉まし、煩ひでも出やうかと、案じ過ごしてなんにも言はず、六角堂へのお百度も、どうぞ夫に飽かれぬやう、お半女郎とふたりの名さか、立たぬ様にと願立て」ていたと掻き口説きます。長右衛門も、不明金150両のわけを説明し、石部の宿での出来事を隠さず話します。「アァ拉致もない事したと、我が身ながら愛想が尽き、連れ添ふ女房に顔上げて、言ふも言はれぬ身の誤り。モその様に美しう言ふてたもる程、おりやもう面が被りたい、堪忍してたも、堪忍してたも。」お絹は、正直な長右衛門の心根を聞いて、このことはさらりと流して固めの杯と、肴をこしらえに勝手へと引き込みます。

 しばらくすると、「信濃屋」のお半が長右衛門ひとりなのを確かめ、忍んできます。お半を使うのは吉田蓑助です。蓑助のお半は、幼いしぐさのなかにも強さがにじみます。おなかに子を宿している強さでしょう。「長右衛門さん、おじさん」と優しく呼びかけますが、その呼びかけとは裏腹に女の執念を感じます。おもえば、隣家の長右衛門は物心ついたときからお半の憧れでした。石部の宿の出来事も千載一遇の機会として、お半のほうから仕掛けていったに違いありません。子どもと思ってつい気を許したこともありますが、そのとき長右衛門も満更ではなかったのでしょう。

 住大夫の語る、お絹を前にしたときの長右衛門は、38歳の分別の備わった旦那です。しかし、お半を前にすると、道理を口にはしますが、心の中ではメロメロです。先ほどの分別はどこに行ったのやら。文楽の世話物の男たちはどうしてみんなこんなに弱々しいのでしょう。その場その場で態度が変わり、現実から逃避してしまいます。

 それに引き換え、女たちの強さといったら。悋気に耐え現実的解決を目指そうとするお絹。お絹が少し引いて見えるのは、長右衛門との間に子どもがいない気後れかもしれません。それと対照的に一途な思いを遂げようとするお半。お半はもう子どもではありません。意思を持って動いているのは、女性であって、男性はそれに翻弄されているかのような感じです。

 さて、お半が去ったあとに残された書置きを見て、長右衛門は慌てふためきます。お半が桂川へ身を投げるというのです。自分も名刀を盗まれた身、お半と冥土への旅路です。お絹と心を割って話し合っていた長右衛門は大きく見えたのに、道行の長右衛門は小さく見えます。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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