壺坂観音霊験記

2012/01/08 Sun (No.575)

 正月なので「文楽初春公演」を観るために国立文楽劇場に行ってきました。住大夫の「菅原伝授手習鑑」も捨てがたかったのですが、今回の演目は「桜丸切腹」までで、「寺入り」から「寺子屋」は上演していません。わたしにとって、「菅原伝授手習鑑」といえば、やはり「寺子屋」。「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん」の松王丸の、亡きわが子の「いろは送り」を聞きたくなってしまいます。

 そんなわけで住大夫をあきらめて、第2部の「義経千本桜」と「壺坂観音霊験記」を観てきました。「壺坂観音霊験記」を観るのは本当に久しぶりです。明治になって作曲された比較的新しい狂言で、盲目の夫「沢市」とその妻「お里」の夫婦愛を描いたものです。座頭の「沢市」は幼なじみの「お里」と夫婦になって3年。しかし毎日明け方近く「お里」がこっそり家を抜け出すので、「沢市」は間男を疑っています。ある夜「沢市」はついに「お里」にその理由を尋ねます。実は「お里」は、「沢市」の目を治そうと毎日壺坂寺の観音に願をかけに参っていたのです。真相がわかった「沢市」は「お里」に詫び、「お里」の勧めにしたがって、連れだって壺阪寺に願をかけに詣でます。この段の切は、竹本源大夫が語っています。

 「沢市」は観音の利益を疑っています。ここまで、「お里」が願をかけてもちっとも目が良くならないからです。とはいえ「お里」のてまえ、3日間寺にこもって祈願するといいます。しかし、「お里」が用事を片づけに家に帰ったそのすきに、「沢市」は深い谷に身を投げて死んでしまいます。戻ってきた「お里」が見たものは、月明かりに照らされて谷底に横たわっている「沢市」の亡骸。悲しむ「お里」は「沢市」のあとを追って谷に身を投げます。

 すると明け方近い雲間より光明が差し、妙なる音楽とともに「観音」が現れます。「両人ながら、今日に迫る命なれども、妻の貞心又は、日頃念ずる功徳にて、寿命を延ばし与ふべし。コリャお里お里。沢市沢市。」と呼びかけます。その声に夫婦ははっと気がつきます。二人は生き返っただけではなく、「沢市」の目も見えるようになっているのです。「エエ、ほんにコリヤ目が明いてある。目が明いた目が明いた目が明いた目が明いた目が明いた。」二人は喜んで観音の利益に感謝します。やがて夜が明けていきます。

 正月にふさわしいめでたい演目で、人形芝居のような人形浄瑠璃です。初春公演では幕間に「撒き手ぬぐい」があり、十日戎には1階ロビーで祝い酒がふるまわれます。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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