大阪府教育基本条例案の意味するもの

2011/11/22 Tue (No.527)

 11月27日には、大阪府知事選挙と大阪市長選挙がおこなわれます。この選挙で「大阪維新の会」が勝利した場合、大阪は、そして大阪の教育はどうなるのでしょうか。わたしは、このブログでもできるだけ政治には言及しないように心がけてきました。しかし、「大阪府教育基本条例案」が府議会で可決されると大阪の教育は大変なことになると危惧しています。ここでわたしが沈黙をしていたら、自分自身きっと後悔すると思うので、わたしの意見を述べさせていただきます。

 まず、「教育基本条例案」をお読みください。次の府議会のホームページに「教育基本条例案」が載っています。http://www.pref.osaka.jp/gikai_giji/2309gian/100503outlines.html
全文をお読みいただくのが一番いいのですが、ここでは、簡単に府議会に提出された議案の目次を載せておきます。

 大阪府教育基本条例目次
 前文
 第一章 目的及び基本理念(第一条―第四条)
 第二章 各教育関係者の役割分担(第五条―第十一条)
 第三章 教育行政に対する政治の関与(第十二条・第十三条)
 第四章 校長及び副校長の人事(第十四条―第十七条)
 第五章 教員の人事(第十八条―第二十条)
  第一節 任用(第十八条)
  第二節 人事評価(第十九条)
  第三節 優れた教員の確保・育成(第二十条)
 第六章 懲戒・分限処分に関する運用(第二十一条―第四十二条)
  第一節 懲戒処分の手続及び効果(第二十一条―第二十六条)
  第二節 分限処分の手続及び効果(第二十七条―第三十四条)
  第三節 職務命令違反に対する処分の手続及び効果(第三十五条―第三十八条)
  第四節 組織改廃に基づく分限処分の手続及び効果(第三十九条・第四十条)
  第五節 分限免職・分限休職の効果(第四十一条)
  第六節 適切な処分を行う責務(第四十二条)
 第七章 学校制度の運用(第四十三条・第四十四条)
 第八章 学校の運営(第四十五条―第四十七条)
 第九章 最高規範性(第四十八条)
 附則

 目次をご覧になっただけでわかるとおもいますが、教育基本条例といいながら、教育の理念よりも、多くの部分が教員の人事・懲戒・分限処分に費やされています。この条例案の意図は、児童や生徒を育てていくことではなく、教員を管理し教育を政治のもとに屈服させることです。そこに並んでいるのは相対評価による人事評価をはじめ、戒告・減給・停職・戒告・免職など処分についてのこまごまとした規定です。そしてこれが「府の教育に関する条例のうち最高規範となる条例」だそうです。

 教育はそれぞれの教員の知見に基づいて行われるきわめて専門性の高い行為です。教員としての経験と知識の蓄積が豊かな教育を保障します。日常の授業においては、授業の準備をし、それを生徒に教え、生徒の反応をうかがい、ふたたび授業にフィードバックする。各教科の教員の教育に対する視座は、いかにして生徒に対してその教科への興味を高めることができるかに向けられています。そのような専門的な営みを、はたしてマネジメント能力にのみ長けた民間出身の校長が評価できるのでしょうか。わたしは疑問に思います。「教育とは2万%強制」(2011/6/12)という橋下前知事の考えはきわめて危険です。

 教育の目的はまた、維新の会のいうような「激化する国際競争に迅速的確に対応できる、世界標準で競争力の高い人材を育てる」ことでもありません。競争は必然的に勝者と敗者を生み出します。競争はビジネスにおいては目的かもわかりませんが、教育においては目的とはいえません。教育には勝者も敗者もありません。自分の素質を自分のペースで発展させていくことができるように援助することが教育です。敗者のように見えても、学んだことを基礎にして、あとで開花させていく遅咲きの桜もあります。教育において競争原理を取り入れることは、自己肯定的なエリートを生み出すと同時に、自己否定的な社会的弱者をも生み出します。「どうせ俺らあほやから何やってもあかんねん。」本当は学力以外の取り柄があるかも知れません。にもかかわらず、生徒たちにとって日常的世界である高校で否定されることで、自信を失い、たやすく社会から降りてしまいます。下支えをすることの方が、社会的な有用性という観点から見てもはるかに重要だと考えます。

 それではまたなぜ教育が政治によってコントロールされることが問題なのでしょうか。国政では自民党の時代、民主党の時代、そして府議会では維新の会の時代と政治は日々変化してやまないものです。しかし、教育は生徒が社会人となりそして老齢期を迎えるまで、現代社会のなかで人間らしい生活を送るための基礎を支えるものです。1年先や2年先ではなく、人の一生という長いスパンに関わっていきます。一つの共同体のなかで共通のまなざしを共有するという意味からも、めまぐるしく教育方針がかわることは、好ましいことではありません。また教育に政治の関与をいったん許すと、首長が変わるごとに、多数党が変わるごとに、異なる教育理念、異なる教育システムを採用することを許すことになります。教育は時間のかかるシステムです。そして教育の理念は、経験を積んだ教育の専門家によって熟考されるべきだと思います。

 さらに、「教育基本条例案」のなかには、「選挙を通じて民意を代表する」議会及び首長という言葉が2度でてきます。議会や首長が100%民意を代表するかのような表現ですが、かえってこのような枕詞をつけなければならないほど、議会や首長が民意を代表していないことの表れのような印象を与えます。「教育基本条例案」は維新の会によって府議会に提出されましたが、この条例案はもともと維新の会のマニフェストにはなく、過半数を獲得してから唐突に「民意」として府議会に提出されたものです。維新の会の議員を選出した大阪府民が、必ずしも「教育基本条例案」を信任している訳ではありません。約束違反ではないかと思った人も多くいたのではないでしょうか。

 どうか皆さんは、我が身に引きつけて教育のことを考えてください。あなたの子どもがもしエリートであれば、競争に勝ち残っていくかも知れません。でもそうでない多くの子どもたちが自分を敗者と考え、自信を失っていくことを許容することができますか。偏差値を上げてくれる先生だけがいい先生で、悩んでいる時に相談にのったり、励ましてくれる先生は価値のない先生だと考えますか。あるいはクラブ活動で土曜も日曜も返上して生徒に付き添ってくれる先生は価値のない先生だと考えますか。学校は予備校ではありません。どうか公教育の目的とするところをもう一度考えて、良識ある判断をお願いします。

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コメント

Secret

わたしも心配です。

Andyさん、コメントありがとうございます。
橋下前知事の言動と教育基本条例案によって、まじめに働く大阪府の多くの教員と教育とが蔑まれ、不信の目で見られることが非常に残念であり、また悔しいと思います。この条例案が可決され、パフォーマンスしかしなくなる教員が増えるとしたらそれこそ問題です。
同職の先輩としてどうぞこれからもアドバイスよろしくお願いいたします。

本当に心配

いつも感心しながら読んでいます。
元私立高校教員です。
この条例が実施されたらもう大阪の公立高校は機能しなくなりますよね。
現実問題として今まで真面目にやって来られた教員の羽を折り,サボっていた人はますます生徒の方でなく管理職の方を向いて仕事をするようになります。
私立の学校は当面は生徒が増えて喜ぶでしょうが,やがて私立もパンク状態になるでしょう。
大阪市民,府民の賢明な判断を期待したいです。


プロフィール

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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