橋下知事の教育基本条例案

2011/08/10 Wed (No.426)

 橋下知事と「大阪維新の会」が9月府議会に提出しようとしている議案の骨子が、「共同通信」や「産経関西」のWEB上で報道されています。朝日新聞の夕刊にも載っています。

 「産経関西」http://www.sankei-kansai.com/2011/08/10/20110810-056379.php によると「大阪府の橋下徹知事が率いる地域政党『大阪維新の会』が、府議会に提出する『教育基本条例案』で、府立高校の校長の全員公募を打ち出す方針であることが9日、わかった。条例案の原案では、『教育行政からあまりに政治が遠ざけられ、教育に民意が十分反映されない不均衡な役割分担を改善すべきだ』と指摘。政治家が教育行政により積極的に関与する姿勢を明確にした。
 知事は、府教育委員会との協議を経て『高校が実現すべき目標』を設定し、教育委員が目標を実現する責務を果たさない場合、議会の同意で罷免できるとしている。
 このほか府立高に関し、入学者数が3年連続で定員を下回り、改善の見込みがなければ統廃合する。正副校長は条例制定後5年以内に任期付き採用に切り替える規定なども盛り込む方針。 
 ただ、政治的中立性を保つため、教育委員会は独立組織と位置付けられてきており、教職員組合だけでなく、教育委員会サイドからも反発を招く可能性が高く、論議を呼ぶのは必至とみられる。」とあります。

 教育に政治を持ち込まないのが、教育の公正を守る唯一の方法だと思います。教育行政に政治が関与し、その時々の政治的圧力によって教育の内容が変わるなら、すくなくとも普遍的・客観的な教育はできません。教員の処遇などと絡んで政治家に右顧左眄する教師が必ず現れます。わたしたちは大学入試に必要であるから教育しているのではありません。企業や社会に有為な人物を作るために教育をしているのでもありません。「教育」は人間として生きていくための基本的な力となるから教育しているのです。「わかる」ということは「すてきな体験」であるから教えているのです。そのことが結果的に、主体的な自己と学習習慣を形づくり、大学入試にも生きてくるのです。教育を政治的な目的のために利用することは、戦前の教育や北朝鮮の現在の教育を彷彿させるできごとです。

 「教育に民意が反映されていない」というのはどういうことを意味するのでしょうか。ポピュリズムを背景として、「維新の会」は自分たちの意見が「民意」だというのでしょう。それとも次から次とわき出る橋下知事のアイデアが「民意」なのでしょうか。教育についての「民意」は保護者のよって立つ基盤によってさまざまであるはずです。

 また橋下知事のいう、府立高校の校長は全員公募というのが、本当に「民意」なのでしょうか。一定の割合の民間校長が存在することには、もはやさほど違和感はありません。しかし、すべての校長となるとどうでしょう。教育に携わったことのないものがそんなに簡単に教育機関の長たり得るのでしょうか。何も知らない校長がいきなり赴任して、学校「経営」はできても、教育実践ができるのでしょうか。これまでの民間校長の学校のなかには、成果をあせるあまり、教職員の間に亀裂が入り、崩壊してしまった高校もあります。教育は、一朝一夕で成果がでるものではありません。パソコンや自動車を作るのとは違うのです。生徒の人格形成に関わるのですから、教師のプロが、議論をつくして、それぞれの学校にふさわしい改革をしていかなければなりません。

 定員割れが3年続く高校は統廃合の対象とするというのも、本当に生徒のことを考えているのか疑問です。学区を拡大することにより、地域に根ざした学校を地域から分断し、トップ10校のために普通科総合選択制の入試が後期日程に追いやられ、私立無償化によって、さらに公立高校から生徒を奪ったのは誰だったのでしょう。二極分化の中で厳しい状況に追いやられた高校の生徒こそ無辜の被害者ではないでしょうか。

 思いつき優先の人気取り。少数者の意見を無視し、議論を軽視する権威主義。あるいは、これも「最初にバーンとぶち上げておいて、少しずつ修正していく」という、例の得意の手法かも知れませ。ともかく、橋下知事の態度は、不誠実だとしか思えません。大阪を改革したいのなら、他党や教育委員会とも議論し、少数者の意見にも耳を貸しながら、ことを進めていくというのが、筋ではありませんか。1933年に合法的に政権に就き、やがて全権委任法を成立させたワイマール共和国の政治家を思いおこさせます。

 わたしは、基本的に穏和な価値相対論者です。それがどんな立場であってもそれぞれの立場の意見は十分尊重すべきだと考えています。しかし、相手の立場を否定し自己の立場の絶対性を主張する見解は許容できません。
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進路ルーム

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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