女殺油地獄「豊島屋油店の段」

2011/04/11 Mon (No.299)

 若いころ、わたしは「豊島屋油店の段」とくに与兵衛が、金を無心して断られ、刃傷沙汰におよぶ場面が好きでした。演出の派手さを好んでいたのだと思います。いまでは、むしろ前段の「河内屋内の段」の徳兵衛とお沢の語りのほうが魅力的です。

 明日は5月5日の端午の節句です。豊島屋では、お吉の亭主七左衛門が、節季払いの取り立てに夜遅くでかけていきます。店には、お吉と3人の幼い子どもたちが残されます。徳兵衛とお沢が豊島屋から帰った後、与兵衛が豊島屋に現れます。金の無心に来たのです。

 河内屋を追い出された与兵衛には、明日までに返済せねばならない上銀200匁の借金があります。それを返済するためなじみの豊島屋に無心にきたのでした。七左衛門の留守にお吉が金を貸すことはできません。お吉が断ると、それでは油を貸してくれと頼みます。これは、商売仲間なので貸し借りは常套です。お吉が油桶に油を移そうとすると、灯油に移る与兵衛の刀の光。お吉はぎょっとして「こな様は小気味の悪い。必ず側によるまい」と後じさりして門口に逃げようとします。お吉が「出合え」と大声を上げた瞬間、与兵衛は飛び掛って、のど笛にぐっさりと刀を突き立てます。お吉は3人の幼い子がいるので、命だけは助けてくれと懇願しますが、与兵衛は聞かず、「南無阿弥陀仏」と引き寄せて、めった切りします。夜風に店の灯りも消え、うち撒かれた油と血潮のなか逃げるお吉と追いかける与兵衛。足元は滑りに滑ります。やがてお吉は息絶えます。与兵衛もわなわな。うばった戸棚の鍵を開け、ようよう上銀580匁を盗み出し、豊島屋を逃げ出します。

 今回の上演はここまでです。「女殺油地獄」の上演は「豊島屋油店の段」までのことが多いのですが、実際の近松の作品では、まだ続きがあります。「逮夜の段」です。わたしは、一度だけ「逮夜の段」の上演を見たことがあります。

 逮夜というのは、命日の前夜。お吉の場合、三十五日目の法要がその日に当たっていました。法要の当日、天井裏でねずみが騒ぎます。そして天井裏から一枚の書出しが落ちてきました。血潮の跡のついたその書出しは与兵衛が筆跡。これで犯人は知れたと喜んでいるところに、知らぬ顔の与兵衛、のこのこと逮夜の法要に現れます。書出し以外にも叔父森右衛門によって動かぬ証拠を突きつけられ、与兵衛は観念し、逮捕されます。

 「豊島屋油店の段」の殺人は、あまりにも凄惨で、後味があまりよくありません。これでは殺されたお吉の救いがなく、惨めです。「逮夜の段」があって初めて事件は解決します。ですから、わたしは、時間の都合もあるでしょうが、「逮夜の段」をぜひ上演してもらいたいと思っています。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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