女殺油地獄「河内屋内の段」

2011/04/10 Sun (No.298)

 大阪日本橋の国立文楽劇場で、「女殺油地獄」を観てきました。豊島屋油店でおこった強盗殺人事件をモチーフとする文楽です。原作は近松門左衛門なのですが、江戸時代に一度上演されたきりで、1962年になってはじめて再演されました。凄惨ではあるが、近代的なテーマを扱っており、その後はたびたび上演される人気の演目となっています。

 油店を営む河内屋の跡取り息子、河内屋与兵衛は、23にもなるのにどうしようもない放蕩息子です。商売で儲けることもせず、うそをついては金を借り、女郎遊びに使ってしまいます。河内屋の主人徳兵衛は、与兵衛に困りきっていますが、自分はもと河内屋の手代で先の主人が亡くなってから後添いに入った身。先代主人の息子である与兵衛に対しては、常に遠慮しています。

 また河内屋の筋向いに店を構える、同じく油店豊島屋の女房お吉は、27で3人の娘がいますが、艶のあるおもかげ。親切で頼りがいもあり誰からも好かれています。与兵衛にもあれこれ気をかけてくれます。

 今回の上演では、野崎参りの「徳庵堤の段」、河内屋油店の「河内屋内の段」と続きます。「河内屋内の段」からお話しましょう。時は春。河内屋では、与兵衛の義理の妹おかちが病気で伏せっています。そこで加持祈祷で有名な法印がよばれ、病気平癒を祈りだすと、おかちはむっくりと起き上がり、「わしは先の徳兵衛ぢゃ。おかちが病気治すには婿取りの談合やめてたも。あの与兵衛が若気ゆえ借銭に責めらるる。その苦しみが冥途の苦患、これが呵責の責めとなる。たとえ勤めの女子なりとも、与兵衛が思ふ女を請け出しそれを嫁にし、この所帯を渡してたも。」ともだえわなないて、そぞろごとを述べます。

 「今のおかちがそぞろごと聞いたか」と与兵衛は徳兵衛に自分に所帯を譲るように迫ります。先代徳兵衛の供養を怠りなく行っている徳兵衛は、この無体な要求を聞き入れません。すると、与兵衛は義理の父とはいえ自分を大切に育ててくれた徳兵衛をさんざん足蹴にします。徳兵衛は、先代の子であると思ってじっと我慢しています。それを見たおかちは、先ほどのそぞろ言は、性根を入れ替えるからと与兵衛に頼まれてうった芝居であることを白状します。今度は、おかちを踏みつけようとする与兵衛。それにとりつく徳兵衛。またまた足蹴にされます。

 そこに帰ってきた実母のお沢。義父徳兵衛がさんざん踏みつけられるのを見て、「ヤイここな道知らず業晒しめ。如何な下人下郎でも踏むの蹴るのはせぬこと。まして徳兵衛は誰じゃ。今まで育ててくれたおのれが親じゃぞ。罰あたりめ。腹の中から盲で生まれ、手足不具な不自由な子もあれど、魂は皆人の魂。おのれがその五体どこを不自由に産み付けた。人間の根性持つものならその所業ができるものか。父親が違いし故、母の心がひがんで、悪性根は入るると言はれまいと、差す手引く手に病の種。おのれがその非道な心の剣で、母が寿命を削るわい。」と与兵衛を握りこぶしで打ち据え、油桶を担ぐ天秤棒を振り上げます。

 与兵衛は、お沢から天秤棒を取り上げると、逆に実母お沢を打ち返します。さすがの徳兵衛もそれを見かねて、天秤棒をもぎ取って与兵衛を打ち据えます。「ヤイ木で造り土でつくねた人形でも、魂入るれば性根がある。耳あらばよう聞け。この徳兵衛はな親ながら主筋と思ひ、手向かいせず存分に踏まれ蹴られても堪へたが、現在産みの母親に手をかけ打つはなんの様。脇から見る目も勿体なうてなうて身が震ふ。今おのれを打ったはな、わしであってわしではない。先徳兵衛殿が冥土より、手を出してお打ちなさるると知らぬかやい。妹のおかちに入婿取るといふのも跡形もない偽り言じゃ。妹に名跡継がせると言へば、口惜しいと恥入り、男の一分根性も直らうかと思案しての方便。コリヤ妹は他へ嫁入らすのぢゃ。他人同士親子となるはよくよく他生の重縁と、可愛さは実子一倍。母に手向かひ父を踏み、行く先々の騙りごと。その根性が続いては我が家の門柱は思ひもよらず、末は千日獄門柱と、親はそれが悲しいわい」とついには、与兵衛を勘当して追い出します。

 振り向きもせず出て行く与兵衛の後姿を見送る徳兵衛は、それでも、「あいつが顔つき、背格好、成人するに従ひ、死なれた旦那に生き写し。オオあれあの辻に立ったるなりを見るにつけ、与兵衛めは追ひ出さず、旦那を追ひい出す心がして、勿体ない」と伸び上がり伸び上がり店から見送ります。徳兵衛とお沢の情愛を、豊竹英大夫は、淡々と語ります。

 いままで、「河内屋内の段」の登場人物のせりふを中心に追ってきました。簡単な表現なので高校生でもわかると思います。与兵衛はまさに江戸時代の放蕩息子。うそをついての家庭内暴力は現代にも通じます。そのくせ見栄っ張りの小心者で、自分の非を知りながら、なかなか自分を直せないもどかしさも感じています。根っからの大悪党ではありません。これも現代的なチンピラです。放蕩息子を持った両親の嘆きと、その基底に流れる息子への愛。どこにでもありそうな家庭の姿です。

 家を追い出された与兵衛は、やがて借金返済の金策に困り、豊島屋を訪れます。クライマックスとなる「豊島屋油店の段」の始まりです。今日は時間が遅いので、「豊島屋油店の段」はまた明日にでも述べたいと思います。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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