学区の改変と文理学科の新設

2011/03/22 Tue (No.279)

 1970年日本中が大阪万博の開催に酔いしれていたころ、大阪では、大阪空港周辺での騒音、臨海部でのぜんそく、都市部での光化学スモッグと、まさに汚染都市の様相でした。わたしの通学していた高校も、例にもれず毎日のように光化学スモッグ注意報の黄旗が校庭に上がっていました。大阪で初の革新知事が誕生したのはその翌年です。

 千里ニュータウンや泉北ニュータウンの完成によって大阪府の人口も増加傾向にあり、知事の方針もあって、新しい高校の開設は毎年のように行われました。大阪の衛星都市の名前を冠した高校は、地域住民の期待を担ってそのころに開設されたものが多く、地域の中学校も新しく開設された地元の高校に優秀な生徒を送ってくれていました。それらの高校は、旧制中学上がりの高校のようにトップ進学校にはなりませんでしたが、地方衛星都市の核となり、学校行事やクラブ活動などを通じて地域の人々との交流を深めていました。地域の人々も地元の高校を温かく見守り、育てていこうとする気質がありました。当時は大阪府の学区は9学区に分かれており、自分の居住する学区の高校にしか進学できなかったので、地域と高校のつながりには密接だったのです。

 ところが2007年、9学区制が4学区制に統合されることになりました。学区が広がるということは、学区に含まれる学校数が増加するということで、学力によって輪切りにされていた輪の厚さが薄くなり、高校間でますます学力格差が広がることを意味します。それとともに、学区が広がった結果、都心に通学したいという高校生のニーズがかなえられることになり、大阪府周縁部にある高校の進学希望者が減少します。また都心の学校でも今まで通学区域ではなかった地域からの生徒が増加することによって、地元とのつながりを失っていきます。学区の改変は、進学校と非進学校の二重構造をより鮮明化させます。今年からは、全学区から受験できる文理学科の新設がこの傾向に追い討ちをかけました。このようなここ数年の公立高校をめぐる政策は、教育を二極分化させるとしか思えません。わたしたち現場の教師が何年もかけて培ってきた努力を、教育の素人によって、いわゆる「鶴の一声」で踏みにじられる思いです。

 先日、わたしの学校の吹奏楽部の定期演奏会が、市民ホールで開催されました。わたしも聞きにいきました。生徒たちは、OBもまじえてすばらしい演奏を披露してくれました。部長は挨拶の中で、市民に助けられて今のような演奏会が続けられてきたことに、お礼を述べていました。かれらは、だんだんとあやしくなっては来ていますが、自分である程度自主的に行動できる生徒たちです。しかし、やがて、受難の時代が来るかもしれません。母校に対して誇りを持っている今の生徒や卒業生も、やがて、「なんや君のところは、進学特色校とは違うんか、あかんな」と言われるかもしれません。

 人を植えるは百年の計といいます。教育に競争原理を持ち込み、人を育てていこうしない教育は、10年後、20年後には必ず禍根を残すことになります。橋下知事はそのことの責任を取れるのでしょうか。
関連記事

コメント

Secret



プロフィール

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

ブログ内検索
カテゴリ
今まで訪問された方
最新記事
月別アーカイブ
RSSリンクの表示