あかがり

2011/02/09 Wed (No.237)

 今年は寒い日が多かったせいか、あるいはスキンケアをしていなかったせいか、足の裏にたくさんの「ひび」ができました。そのうちのいくつかが割れて痛い。いわゆる「あかぎれ」。情けない話です。

 「あかぎれ」というと、能狂言に面白い話があります。題はそのまま「あかがり(あかぎれ)」。主人が、茶の湯に行くというので、太郎冠者を供に連れて行こうと呼び出します。行く手には、雨のために増水した川があり、この川を渡らなければ茶の湯にはいけません。主人は太郎冠者に自分を負ぶって川をわたるように頼みます。太郎冠者は、自分には「あかがり」があって、水を見るのも怖いくらいなのに、主人を負ぶっていくことなどできないと断ります。そこで主人は、太郎冠者が「あかがり」という題で上手く歌を詠んだら、自分が太郎冠者を背負ってわたろうと提案します。
 
 太郎冠者は歌を詠みます。「あかがりも春は越路に帰れかし、冬こそあしのもとにすむとも」。「あかぎれは、(雁のように)春になったらもとのところに帰ってほしい、冬は足(葦)のもとに住んでいても」。上手い歌です。もう一首と主人は促します。「あかがりは弥生の末のほととぎす、卯月まわりて音をのみぞなく」。「あかぎれは3月末のほととぎすのようだ、うずきまわって(4月になれば)ないてばかりいる」。まさに天神のしわざ。天神を背負うのだからと、主人は太郎冠者を背負って川の中程まで来ます。

 川の深いところで、主人はまた一首、催促します。太郎冠者は、こんなところで詠まずとも、向こう岸で詠むといいますが、主人は聞き入れません。「あかがりは恋の心にあらねども、ひびに増さりて悲しかりけり」。「あかぎれは恋の心ではないけれども、日々(ヒビ)に増さって悲しいものだ」。「一段とよく詠んだ」と主人は褒めたのち、「昔より下人が主人を負う例はあっても、主人が下人を負うためしはない」と、太郎冠者を川のなかに落としてしまいます。

 「ああ悲しや悲しや、足をぬらすまいと思って、頭でぬらしてしまった」。太郎冠者は大きなくしゃみをして引っ込みます。

 この狂言をわたしは見たことがないのですが、『能狂言・中』(岩波文庫)で読んで以来、しゃれた狂言だと思っています。わたしの「あかがり」も日々に増さりて悲しくならないように、ユースキンでケアすることにしましょう。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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