ことばと概念

2010/12/02 Thu (No.167)

 ことばが文化によって規定されることはよく知られています。たとえば米を主食とする私たちは「米」の状態によっていろいろな単語を使い分けますが、パンを主食とする人々は、「パン」の形や焼け具合によってさまざまな単語を使い分けます。このようにいわば社会的「存在」が「ことば」を規定するというのが一般的な理解のように思っていました。

 ところが、最近読んだ本で、今井むつみ『ことばと思考』(岩波新書、2010年)は、それとは異なった見方があることを教えてくれました。今井は、「ことば」が世界を切り分けて「カテゴリー」を形成し、わたしたちはその切り分けられたカテゴリーに従って「対象」を「認識」するので、対象認識そのものが「ことば」からの影響を受ける、と考えます。

 例として「青」と「緑」がことばの上で区別できる言語をもつ人々と、「青」と「緑」の区別のない言語を話す人々との間には、同一の色に対する認識が異なることをあげています。「青」と「緑」を区別する言語をもつ人々は、「青」と「緑」の境界色に近いがわずかに「緑」のカテゴリーに属する「基準色」から、マンセル・カラー・システムで、「青」と「緑」の方へ等距離の2つの「対照色」を見たとき、「緑」に属する「対照色」の方がより「基準色」に「似ている」と判断する、というのです。すなわち「基準色」を「緑」のカテゴリーに分類したために、「緑」のカテゴリーに属する色の方が「青」のカテゴリーに属する色より「近く」見えているということです。このようなことは、「青」と「緑」の区別を持たない言語の話し手には見られないそうです。

 もう一つの例として、名詞に男性・女性・中性の区別のあるドイツ語を母語とする幼児にオスかメスかはわからないように描かれた、象(男性名詞)とキリン(女性名詞)の絵を見せて、「お母さん動物はどこかな」と問いかけると、女性名詞であるキリンを選ぶ傾向が見られたというものです。

 上の二つの例は、どのような「言語」を話すかによって、対象の認識が異なってくることを意味しています。「言語が世界を切り分け」ているのです。わたしたちは、「名づけ」を通じてカテゴリーをつくり、そのことによって世界をより単純に分類し、効率よく概念体系を作り上げます。カテゴリーの形成は、文化を習得する以前の幼児期におこなわれ、一度意識の中にカテゴリーがつくられてしまうと、対象認識そのものがそのカテゴリーに引きずられてしまうのです。

 「ことばが文化によって規定される」という文化論の観点からみた言語観にたいして、人間の発達過程に即した「存在論」の観点からみた言語観をのぞき見ることができたことは、新鮮な驚きでした。このように考えると「ことば」が「存在」を規定するといえるのかもわかりません。

マンセル・カラー・システム(出典 前掲書口絵)
マンセルカラーシステム
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進路ルーム

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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