エロスとタナトス

2013/07/29 Mon (No.1157)

 今回の文楽の解説のなかに、相愛大学の釈徹宗による「生への欲動、死への欲動」という一文があります。「文楽ではけたはずれのエロスとタナトス」が交錯するというのです。釈徹宗は、これを人形遣いと義太夫語りとの組み合わせ、すなわち、非生物である人形が人間のナマのあり様を表現することのうちに見て取ります。

 フロイトによれば、エロスとは生への欲動、タナトスとは死への欲動のことです。わたしは、人形遣いと義太夫との間にエロスとタナトスは感じませんが、文楽のストーリーのなかに「エロス」と「タナトス」を感じることはよくあります。「生きん」と欲して、かえって死に近づいてしまう。「心中もの」はまさしくそうですが、時代物でも、死ぬことが生につながり、生きることが死につながる。たとえば今回の演目でいえば、「妹背山婦女庭訓」のお三輪の死は、鎌足を生かすための「生への死」でもあるのです。

 人間は、生を受けたときから「死に向かう存在(Sein zum Tode)」なのです。そして善く生きんとすればするほど、かえって悪に近づいてしまう、どうしようもない存在なのかもしれません。もしメフィストフェレスであれば人間をこういったことでしょう。「つねに善をなさんと欲して、かえって悪をなすあの力の一部(Ein Teil von jener Kraft, Die stets das Gute will und stets das Böse schafft.)」であると。
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進路ルーム

Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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