心中天網島

2013/04/15 Mon (No.1050)

 先日国立文楽劇場で「心中天網島」を観てきました。近松門左衛門の作品です。紀の国屋の遊女小春と紙屋治兵衛は恋仲で、曽根崎新地でなじみあって2年になります。小春はうしろだてもなく薄倖の19歳の遊女、紙屋治兵衛は妻子ある大店のあるじで28歳ですが、分別なく小春に入れあげ店の経営も傾きかけています。そのころ、小春に恋慕する裕福な商人の江戸屋太兵衛が、小春を請け出そうと二人のじゃまをはじめました。小春は太兵衛がいやでいやで仕方ありません。太兵衛のさしがねで小春と治兵衛は会えなくなり、治兵衛とはお互い死を誓い合っています。

 「心中天網島」は小春と治兵衛の心中を扱った作品ですが、大きなテーマは小春と治兵衛の道行きではなく、小春と治兵衛の妻おさんとの心の動きです。おさんは治兵衛の遊蕩にもかかわらず2人の子を育て店を守る25歳のしっかりもの、治兵衛への愛情も豊かです。小春が治兵衛と心中するとの風説に、夫を死なすまいと小春のもとへ心中をしないように嘆願の手紙を届けます。「『女は相身互ひごと、切られぬところを思い切り、夫の命を頼む頼む』と、かき口説いた文を感じ」た小春は、「『身にも命にも換えぬ大事の殿なれど引かれぬ義理合思い切る』」とおさんの夫を思う気持ちに心を動かされ、本心を偽って治兵衛に愛想尽くしをするのでした。

 近松の心中物で相対死する男性は、みなイケメンで優男ですが、優柔不断です。それだからこそ現実を逃避して死を選ぶのかもわかりません。治兵衛もまさにこのタイプ。それにたいして女性は情愛が細やかで気働きが利きます。小春は女性同士としておさんの願いが痛いほどわかります。そして本心とは裏腹に治兵衛のことをあきらめようとしました。

 こんなおり、江戸屋太兵衛が小春を請け出すこととなりました。小春はかねてより太兵衛に請け出されるようなことがあれば自死する覚悟です。「アア悲しや、この人を殺しては女同士の義理立たぬ、まずこなさん早う行て、どうぞ殺してくださるな」。おさんのことばです。小春の身請けを知ったおさんは、このままでは小春を殺してしまうこととなると気づき、店の仕切金、自分の着物や髪飾りなどを質草に、小春を殺さぬよう、夫治兵衛に小春を請け出させようとします。「私が箪笥は皆空殻、それ惜しいと思ふにこそ、何言ふてもあとへんではかえらぬ。サアサア早う小袖も着替えて、にっこりと笑ふて行かしやんせ」と夫を送り出します。

 そのとき、日ごろの治兵衛の遊蕩を苦々しく思っている舅の五左衛門が現れ、有無をいわせずおさんを質草とともに実家へと連れ戻します。これで、江戸屋太兵衛の身請けをふせぐものはなくなりました。その夜、曽根崎の大和屋で会い死ぬ覚悟を固めた小春と治兵衛は、蜆川から淀川に出、天神橋をわたり、さらには京橋で大和川をわたって網島の大長寺の傍らで命を絶つのです。
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Author:進路ルーム
京都の大学で大学・大学院と8年間を過ごし、高校の教師となりました。文系ですが、コンピュータ大好き人間。人間(生徒)に倦むと機械(コンピュータ)が恋しくなり、機械に倦むと人間が恋しくなります。

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